日本で一番熱い町

完璧にお節介ですが、四万十市江川崎が日本最高気温を記録したのを祝して、

勝手にキャンペーンソングつくっちゃいました。(笑)

まだできたてのホヤホヤなので、ギターだけの弾き語りですが、みなさんがOKくれれば早速、

バンドサウンドでレコーディングする予定です。

市議会ソングライターの僕が「町おこし」のために出来ることと言えば、

こんなことぐらいです。

著作権とかどうでもいいですので、煮るなり焼くなり自由に使ってもらえたら幸いです。


 「ダブル・リバー -日本で一番熱い町-」(仮題)

川面に揺れるヒマワリ 太陽(ひかり)を受けて胸を張る
僕らが生きる町は今 「日本で一番熱い町」

田舎だけれど 不便だけれど 僕らは熱い夢に満ちている

無いものばかりねだるより 足りないものを探すより
今、ここにしかないものを 声高らかに叫びたい
誰かの後を追うよりも 道は自分で拓くもの
四万十川の流れの様に 胸を張って行こう!!


岸辺で揺れるヒマワリ 向かい風にも胸を張る
僕らが暮らす町は今「日本で一番熱い町」

田舎だからこそ 不便だからこそ 守れるものがきっとここにある

昨日の傷を悔やむより 明日の空を憂うより
今、ここでしかできないこと 力一杯抱きしめたい
雨が僕らを阻んでも 風が僕らを拒んでも
四万十川の流れの様に 胸を張って行こう!!

四万十川と天の川 二つの川が出会う場所
海へと続く夢の道 この場所にしかない奇跡 
空が僕らを試してる 山が僕らを赦してる
隣の芝生は青くても 胸を張って行こう
あのヒマワリの花の様に 胸を張って行こう!!

まずは、16ビートのバージョンです。「ゆず」なんかのストリート系のアッパーフォークをイメージしました。
バンドサウンドにすると結構いい感じになると思います。




次はシンコペーションの8ビートバージョンです。

こっちはライブで弾き語りとかに向いてるかな?

どちらも、まだ、少し「脳出血」の後遺症があって、ギターも唄もアマチュアレベルですが、

取りあえず、ありのままの状態でアップします。




ちゃんとレコーディングしたらもっと完成度は高くなりますので、

よかったら、どうか、拡散していただけたら光栄です。
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フェルメール-光の王国展- @高知県立美術館 

今日はかみさんと、高知県立美術館にフェルメール-光の王国展-を観に行って来ました。




瞬間と永遠、曖昧と明瞭、能動と受動、表層と深層、そして、光と闇、

それら全てを細心の注意力を払って、座標軸に配置して1枚の絵画に集約する。

僕はこれまで、ドガが一番好きな画家で、僕の楽曲制作の手法は、印象派のそれである、彼のメソッドに近いと思っていたけど、

今日、フェルメールの作品を目の当たりにして、浜田メソッドと、フェルメール・メソッドの類似点を強く感じた。

要は、「作らないこと」。

「選ぶこと」と「並べること」。
そこには極力作為を排除して連続の中の静止を、静止の前後の連続を一枚の絵画に、一曲の楽曲に閉じ込める。

そして閉じ込めると同時に次の瞬間の「解放」を予感させる。

作者の手を離れた後で、人々に丁寧に考察してもらえる愉悦。

彼(フェルメール)の現在を見るにつけ、いつか、自分にもその可能性があるかも知れないと思えることで、

今後も、自分の感性を信じてやっていけそうに思いました。







浜川ゆり子をねぎらう会 @ロイヤルホテル四万十

参議院選挙高知選挙区で惜しくも当選はできませんでしたが、

全国の共産党候補の中で最高得票率を獲得して、正に大健闘だった、

「浜川ゆり子さんをねぎらう会」がロイヤルホテル四万十で行われました。

私は久々にお調子者市会議員の本領発揮で、会のラストを締めさせていただきました。

決起集会の時に「上を向いて歩こう」を歌ったところ、

浜川さんの4歳の娘さん「まどかちゃん」が気に入って、ずっと替え歌を歌ったりしてくれたということで、

今日は「まどかちゃん」を喜ばすためのみに歌いました。(笑)

呼び込みではボスに「歌う市会議員」『ガター侍」浜田裕介!!と紹介してもらい、

選曲は、「まどかちゃんが好きな歌」ってことでNHKの復興ソング「花は咲く」

「となりのトトロ」から「さんぽ」、

そして、ラストは「上を向いて歩こう」

ちょっと指が上手く押さえれなくて音がビビったりもしましたが、

素敵な会のラストを盛大に盛り上げることができました。

僕の音楽活動には、未だ党内で賛否両論ありますが、

ボスからは「ギター侍」で行く!との言葉をもらってますので、

これまでの議員の既成概念にとらわれない、

アクロバチックな活動+地道な議会活動の二本柱で戦い抜こうと思ってます。

さて、後、半年余りのレースです。必死こいて頑張りますんで、皆様の熱いご支援どうかよろしくお願いいたします。

私、党内では完全に四面楚歌ですので、無党派層の力で、どうか浜田を押し上げて下さい!!!






もう一つの物語

前回のブログで紹介したKyoko Onoさんは、27日の「カンタ・ティモール」上映会&浜田裕介ミニライブを企画運営してくれた方です。その裏話というか、サイドストーリーがアップされてたので、そちらもご紹介します。
歌って来て良かった。また歌えるようになって良かったと、心から思えました。

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是非「カンタ!ティモール」という映画を観てください。
浜田さんからメッセージが届き、私はこの映画を知りました。
観た直後は、言葉に出来ないほどの衝撃と感動を受けました。

家族、友人、一人でも多くの人に観て欲しい。でもそのチャンスはあまりにも少ない。 「いっその事、私が上映会をしようかしら?」心の中でそう思った。
そうだな・・上映会の後に「呼吸」や「新しき革命の唄」とか聴けたら素敵だな。
あんな曲やこんな曲も良いな・・なんて
心からそう思ったけれど、勿論、それが現実になるなんて、その時は夢にも思わなかった。

近所に小さいけど大きいおばさんが居た。変な言い方だね。
とても小柄なの。子供用の自転車じゃなきゃ乗れないくらい。
ショートカットで真っ赤な口紅、大きなとんぼ眼鏡を掛けて、スパスパたばこを吸う。
いつも元気で、明るくて、行動力があって、パワフルで、頼り甲斐があって、大きい存在。
だから小さいけど大きいおばさん。Kさんです。

Kさんは、困っている人が居ると、すぐに相談に乗ってあげていた。
子供の悩みや、生活の悩み、夫婦の悩み、彼女はいつも弱い人の見方だった。
私は小学生の頃から、Kさんが大好きだった。
自分の子供も他人の子供も同じように愛情を注いでくれるKさんは、私の良き理解者だった。

浜田さんの歌を初めて聴いた時、Kさんに聴かせたいと思った。
彼の想いと、Kさんの想いは、とても似ているように思えたから・・

80才に近かったのかな?今までのような行動力は当然無くなってしまって、入退院を繰り返すようになった。
でも気持ちだけは元気だったから「私は胸を張って何かを言えるような大人になれなかったけれど、私と同じ世代にも、こんな風に発信して頑張っている人がいるよ。 ねっ?心強いでしょ?」って、浜田さんの歌を聴かせるつもりだった。

一番聴かせたい唄が入っているアルバムだけが手に入らないうちに、Kさんは帰らぬ人となった。

浜田さんが脳出血で倒れたのが7月26日、集中治療室で生死の境を彷徨った浜田さんは翌日なんとか一命を取り留めた・・その日7月27日にKさんは、流星のターミナルから旅立って星になった。
私の中で繋がっていた二人、まるでKさんは浜田さんにバトンを渡すかのように、旅立った。

今年5月、浜田さんから関東ツアーのお知らせが届く。
「去年、僕が倒れた日と同じ7月26日に、復活のライブをします」と・・
その時、夢で終わらせたくない夢が、私の目の前にハッキリと現れたのです。

26日に浜田さんが東京に来る!もしも、もしも、もしもこの私が、27日に上映会を開けたら?
そして浜田さんに歌ってもらえたら?Kさんの命日にあの歌を天国へ届けることが出来るかも?

「Voices-新しき革命の唄-」きっとKさんに届いたと思います。
改めて、浜田さん、ありがとうございました。

今日は、お墓へ報告へ行ってきました。
7月お盆と8月お盆の間、霊園は貸切状態でした。

私はKさんと彼女の最愛旦那様のお墓の前で、最初はしとやかに手を合わせ、
その後はあぐらをかいて(笑)一時間ほど過ごしました。
「Voices-新しき革命の唄-」を、携帯iPodで大音量で掛けました。
そして、少しボリュームを落として、ヒヤシンス、長い手紙、雨を待つ人、呼吸、最後に冷たいスープ。
手には「旅をする言葉」・・パラパラとめくり、なんとなく目に留まった所を黙読。
でも、最後に「種の歌」を声に出して読みました。途中泣きそうになって、声が詰まってしまったけど・・

《カンタ!ティモール鑑賞会・浜田裕介ミニライブ》の、裏話でした。
プロフィール

浜田裕介

Author:浜田裕介
浜田裕介です。混ぜるな危険です!!さすらいの唄うたいです。

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